京橋ものがたり

三丁目コラム 「秋葉雑記」

秋葉薬局 秋葉 保次

今は昔、松尾芭蕉が桃青の時代に「実にや月間口千金の通町」(げにやつき まぐちせんきんの とおりちょー)の句があります。時代は元禄、通町は今も残る日本橋通町のことです。その隣の南伝馬町(この京橋)の句は見当たらず、がっくりしておりましたら、古事に詳しい元気な長老の稲垣さんから四ツ倉をご教示いただきました。「南伝馬町三丁目の四角には大商店の倉が向き合っており有名で版画にもなっているよ」というのです。

木下町会長から「日枝様の狛犬は南伝馬町で寄進だよ」ということで、見れば誠にその通り左から町名が彫ってあり寄進者の名前もあります。「仙女香という有名化粧品屋があったぞ」「擬宝珠は京橋と日本橋だけだぞ」「広重が住んでいたぞ」「国芳の版画に南伝馬町三丁目の文字が見えるぞ」「山東京伝の京は京橋の京だぞ」などいろんな話が飛び込んできました。中には「曲亭馬琴は銀座一丁目だが似たようなもんだ」と言うわけのわからぬお話まで出てきて、通町さんや銀座さんには失礼ながら、「ここらだって、昔は間口千金でーい」という気分で、てんぱっております。

ところが、京橋区が中央区になってから、日と銀(なにしろ日銀ですな)ばかりが光り、京は一寸曇っております。これは一頑張りどころか十頑張りほどして、人通り多く人くさい江戸時代の南伝馬町を凌ぐ町並みにしなければ、これまた格好がつきません。というわけで、壁谷前町会長のお声で「明日の京橋を活性化する会」 がスタートしました。そこでワアワアやる内に、京橋は擬宝珠、その下を流れる京橋川、その再生はどうだ!と言うところに流れ着き、東大の石川幹子先生のお力をお借りしてNPO「京橋川再生の会」を立ち上げるまでに到りました。

ところが、川に霧はつき物で五里霧中でありますが、ここにきて元々京橋の顔であった第一相互館さんが偉容を誇る建物になります。また、東京建物さんがこの界隈で最大の建物の立上げ中です。これはチャンスと張切りますが、張切り過ぎて噎せてしまいました。ははーん、これだな「京橋の擬宝珠に掛けし咳のまじない」へぇ、素人話でお粗末様。